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横浜開港 | ![]() |
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開港記念日「村垣淡路守公務日記」を見ると、開港当日の7月1日、これを記念するような行事は何もなかった。
「アメリカ彦蔵自伝」によると、7月4日、湾内に停泊する船に旗が掲げられ、
米領事館に当てられた神奈川の本覚寺では、墓地の大木に星条旗が掲揚され、行使ハリスを始め、領事ドーア、
領事館員のヒコやヴァン・リードらはシャンペンを抜いて合衆国国家を合唱した。
「明治事物起源」は、これを「横浜開港記念日の始」としているが、開港を祝したのか、
合衆国の独立を祝ったのかはっきりしない。いずれにしてもアメリカ人だけの祝賀行事であった。
「横浜沿革誌」によると、1860年(万延元年)6月2日、開港1周年を記念するため、洲干弁財天で祭礼が挙行され、
「外国人ニ示サンカ為メ男女美麗ヲ尽シ」、山車・手踊りで市街を練り歩いた。
本来8月15日であった洲干弁財天の例祭は、以後この日に変えられた。これが開港記念日の淵源である。
1909年(明治42年)には、開港50年祭が全市を挙げて盛大に行なわれ、浜菱の市章と市歌もこの時に定められた。
これ以降陽暦を採って7月1日が記念日となる。
1918年(大正7年)から小学校と市役所が休日となった。
1928年(昭和3年)、市会の決議を経て、陰暦の6月2日に戻され、現在に至っている。
1958年(昭和33年)には開港百年祭が挙行された。この年は99年目にあたるが、
満百年という意味で実施されたらしい。
参考文献、写真「御貿易場」 開港直前の安成6年5月頃出版された瓦版(部分)
横浜開港資料館編集「横浜もののはじめ考」より
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